脇差 銘 武州久米住人君万歳寿次

更新日:2019年3月7日

 この脇差は、江戸に居住した著名な刀工の模倣作のひとつと思われます。幕末期の刀工中、第一人者の評があった山浦清麿の門下に、寿次とほぼ同年代で刀銘を「源正雄」と切る刀工がいました。指定の脇差は、正雄の作に極めて類似しており、多くの鑑識者が清麿門下の作と見間違うほどの出来口を示しています。
 刀工の平塚寿次ひらつかとしつぐは、文政10年(1827年)久米村(現在の所沢市久米)に生まれました。刀銘を寿次と切り、俗名を平塚源重といいます。若くして刀工修業のため江戸へ出たと推測され、嘉永年間(1848年~1854年)から明治時代初期にかけて、精力的に鍛刀に励みました。しかし、明治9年(1876年)の廃刀令以降は失意の日々を送り、明治35年(1902年)にその生涯を閉じます。

【指定年月日】昭和33年10月25日
注釈:こちらの文化財所在地については、都合により記載しておりません。
ご理解・ご協力のほど、よろしくお願いいたします

【寸法】
長さ 1尺1寸5分(34.8センチメートル)
反り 僅か

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